昭和二十年一月二十五日
特別攻撃隊に志願するや否や、論をまたず我が身あるは國あるが故なり、國なくして家なし、生あらば死あり、特別攻撃隊に参加して玉砕するは、我にとりて最上の死場所ならむ、
敵は我等の間近にあり、彼を撃滅せずしては我が理想たる、大東亞の新秩序はならず。(特攻隊員大塚要の日記) - 神坂次郎『今日われ生きてあり』
特攻観音は、東京都世田谷区下馬三の二五、世田谷山観音寺にある。造立の趣旨は『陸海軍特攻隊員の尊き不滅の英霊を、平和観音像に顕現して、その冥福を祈り、平和世界の再建を祈念する』という。
この観音の胎内には、戦死した隊員四千三百七十九名の氏名を記して納めてある。昭和二十八年七月観音堂ができ、ついで、特攻平和観音奉賛会が結成された。(中略)
その後、特攻観音の別体を建立することになり、陸軍は知覧飛行場跡に、海軍は三宅島サタドー岬灯台に安置した。 - 高木俊朗『特攻基地知覧』
昨年、高木俊朗の『特攻基地知覧』を読んで世田谷の特攻観音を知る。御幸町から自転車で一時間弱。
東京の世田谷に特攻隊員英霊の勇気を讃える特攻観音がある事を知つてゐる人は一體何人ゐるのだらう。神州不滅。
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